呼吸は1日2万回
呼吸の大切さ
「呼吸を変えると人生が変わる」大袈裟に聞こえるかもしれませんが、James Nestor氏の著書「Breath」や、自分が高校時代に白球を追いかけていた頃の野球部の先輩、大貫崇 氏による著書を読んだ後、少なくとも私はそう信じています。人間が生きていく上であまりにも当たり前すぎる「呼吸」ですが、意識を持ってこなかったからこそ、意識する必要があると信じています。
呼吸の定義
タテキの記憶が正しければ小学校二年生の「せいかつか」の授業で、「人間は呼吸して酸素を取り込み、二酸化炭素を出している」と習った記憶があります。肺では外気中の酸素と血中の二酸化炭素を交換し、二酸化炭素の濃度が増加した静脈血を酸素濃度の高い動脈血に変換させます。このような肺でのガス交換を呼吸と呼んでいますが、外界との間で行われるガス交換なので外呼吸と呼ばれています。末梢の毛細血管と体組織の間で、酸素と二酸化炭素が交換されることを内呼吸、つまり「組織細胞と血液の間」でのガス交換ですね。肺は、それ自体に筋肉がなく、自力で動くことができないので、横隔膜をはじめとする呼吸筋の活動があって働きます。
ヨガ従事者、ダイバー、アスリート、修行僧など様々な方が呼吸理論を持っていると思います。自分が学んで来た見解では、「呼吸という行為は横隔膜が上下すること」と表現するのが適切かもしれません。
腹膣内圧
呼吸が乱れれば腹膣内圧(IAP:Intra-Abdominal Pressure)は、横隔膜の下、骨盤底筋群の上に位置する内臓がある部位にかかる圧力です。上下左右前後の3次元に内側から外側に向けてかかる圧力です。これは私がストロングファーストと呼ばれる、合格率60%のケトルベル指導資格のテストを通じて学んだ、上級インストラクターから教わった「呼吸テクニック」と同じコンセプトです。腹腔の圧力が高まることで体の軸、すなわち体幹と脊柱という「体の中心」が支えられて安定し、無理のない姿勢を保つことができるわけです。そうして体の中心を正しい状態でキープすることで、中枢神経の指令の通りがよくなって体の各部と脳神経がうまく連携します。1RM(Repetition Max)「1回ギリギリ持ち上げられる負荷」に対して使われるテクニックです。自らの横隔膜が上下に動けるポジションに持っていく、「きほんの呼吸」で大貫氏は風船を使ったトレーニングを紹介しています。正しい呼吸法で腹圧が高まることは、生物学的にも、解剖学的にも好循環を生み出します。
口呼吸?鼻呼吸?
タテキが最近読んだ著書「Breathing」で著者のネスター氏は呼吸をThe New Science of The Lost Artと表現しています。直訳すると「失われたアートの新しい科学」という意味不明な響きですが、読んでみると納得できます。アメリカの世界最高峰の総合格闘技団体UFCでメインコメンテーターを務めるジョー=ローガン氏がホストを務めるポッドキャスト(ラジオ番組)にもネスター氏は招待され、呼吸の大切さを紹介しました。
番組中でも話されていますし、本書の冒頭で書かれているとおり、ネスターさんは口呼吸の傾向があったため、リサーチの一環として、いかに口呼吸が良くないのかを調べることにしました。スタンフォード大学鼻科専門医のもとで実験を開始し、鼻を塞ぎ240時間、つまり10日間を口呼吸のみで過ごしました。実験後、たった10日間で睡眠時無呼吸の症状があり、 一晩に数分間だったいびきが4時間になり、血圧や血糖値が上昇し、疲労感とストレスが増加したそうです。アメリカ人の25%から50%が口呼吸らしく、ネスター氏が10年前に呼吸の大切さに気づいた時はNIH(National Institutes of Health)、アメリカの国立衛生研究所で呼吸についての研究は全くありませんでした。
我々の祖先はつい最近まで、適切な鼻呼吸をしてきました。1950年代まで陸上競技の指導ではランナーたちに水を口の中に含ませて走らせていました。ランニング後、最初に口に含んだ同じ量の水を吐き出すことによって鼻呼吸の大切さを指導していたそうです。
自分が特に興味を持ったのは人類学の視点で人間は哺乳類、霊長類の中で鼻呼吸ができない、唯一の種であると言及しているところです。人類の進化の過程で食事が変わり、噛む力が衰え、顎が細くなり、歯並びも悪くなります。そのような歪みから鼻から空気を通す道が狭くなるため、鼻で息がしにくくなります。すると強制的に「口呼吸」するようになってしまうのです。
1日2万回から2万5千回の代償
自律神経はコントロールできない、ということはホメオスタシスの記事で説明しました。しかし、その自律神経に意識的にアプローチできるのは呼吸だけです。我々は1日に二万回から二万五千回ほど呼吸をします。多くの方が一呼吸、一呼吸を意識してはいないでしょう。本来使うべき呼吸筋を使っていないと、他の筋肉を使って呼吸します。その代償をして呼吸をしている人は慢性的な疲れや痛みに悩まされているはずです。例えば肩で呼吸をしている人は「肩が常に上がっている状態」で、いかり肩になってしまいます。首の筋肉を使っている人は首が前に出てしまい、いわゆるストレートネックの状態になってしまいます。2万回の無意識は我々の姿勢や骨格、筋肉のアンバランスな張りを導き代償を払っているのです。
呼吸のトレーニング
バイオハッカーたちにとって呼吸は最優先事項と言っても過言ではありません。環境をハックする、自らのバイオロジーをハックする時、呼吸が心体に与える影響を理解していないと、高価なデバイスやサプリメントを使っても効果は出ません。ヨガを学んだり瞑想を生活習慣に取り入れることは、大きな「はじめの一歩」であると強く思います。これ以上、呼吸について描き続けると記事が長くなってしまうので、今後、呼吸のトピックでは私の呼吸法を詳しく共有したり、科学的な視点から皆さんと共に学んでいきたいです。