120歳のその先へ:長寿に欠けている「人間の一貫性」の科学

 

急な代役から、最後のステージへ

2026年3月12日、フランス・ニースのLe Méridien Niceで開催されたHOLOLIFE Longevity Côte d’Azur 2026。Longevity Monte-Carloが支えるこのサミットには、医療や研究、事業の現場から、長く健康に生きることを考える人たちが集まりました。

そこで最後の基調講演を担当したタテキが問いかけたのは、「延ばそうとしているその人生を、私たちは受け止める準備ができているのか?」ということでした。

実は今回、エストニアのサイボーグこと、Siim Landが参加できなくなり、急きょ代役を務めることに。タテキのUFCデビューも、同じく直前のオファーでした。舞台は変わっても、この展開には覚えがあります。

着物で登壇するつもりが、荷物はロストラゲージ。結局、「フランスのウェイターみたいでしょう」と会場で冗談を言うことになりました。ボストンから移動して体内時計もまだ追いついていない。その自分が、心身の一貫性について話すのですから、人生はよくできています。

スポーツ科学、応用栄養学の修士課程、そして金網の中での経験。そのすべてが、タテキを一つの問いに戻してきました。環境が変わっても、人が自分の力を発揮し続けるには何が必要なのか?

長寿という幻想

あなたは、どれくらい健康ですか?

HRV、血液検査、体組成、生物学的年齢。数字を思い浮かべた方も多いでしょう。タテキもウェアラブルを使いますし、WHOOPには2017年から関わっています。今となってはRed Soxの本拠地フェンウェイパークに大きな自社ビルを構える急成長したウェアラブルの会社です。

でも、その数字に人間関係は入っていますか? 誰かのために果たしている役割や、自分の人生に感じている意味まで、測れているでしょうか。

健康的な加齢の測定を調べたシステマティックレビューでは、個人の機能に比べ、その人を取り巻く環境への視点が十分でないことが指摘されています。測定が精密になっても、人間全体が見えているとは限りません。関連論文

今回のキーワードは、Human Coherence(人間の一貫性)。ここでいう一貫性とは、身体、行動、生活のリズム、回復、自分が何者かという感覚、そして生きる目的が、互いにつながっていることです。

120歳、あるいはその先まで生きるなら、その長い時間を支える自分自身についても考える必要があります。

本当の問題は「分断」にある

食事には気をつけている。でも睡眠は不規則。トレーニングは欠かさない。でも頭の中はいつも忙しい。一つの項目を最適化しても、生活全体が整うとは限りません。

講演では、現代人の分断を六つに分けて話しました。

  • 代謝: 食事や運動のリズムが崩れ、筋肉を維持する刺激も減っていく。

  • 睡眠: 毎日の時間帯がずれ、体内時計が追いつかない。

  • 注意力: 刺激が途切れず、気づけばまたスマートフォンを見ている。

  • 神経系: 刺激を受け続け、落ち着いた状態に戻りにくい。

  • アイデンティティ: いくつもの役割の間で、自分が何者なのかわからなくなる。

  • 目的: 何のために、どこへ向かっているのかを見失う。

これは他人事ではありません。40歳のタテキは、まだ現役選手たちと練習していました。同世代の選手が引退してジムを開く中、正式な引退宣言もしていない。一方で、父親であり、バイオハッカーであり、HOLOLIFE Japanの創設者でもある。

今の自分は何者なのか。これからどこへ行くのか。何をするために、ここにいるのか。

その問いを抱えて登壇したのは、タテキ自身でもありました。ミッドライフクライシスってこのことか?

代謝の一貫性:年齢のせいにする前に

「年を取って、代謝が落ちたんです」

そう結論づける前に、生活の何が変わったのかを見てみませんか。

講演で取り上げたScience誌の研究では、体格と体組成を調整したエネルギー消費量は、おおむね20歳から60歳まで安定し、その後に低下していました。成人になってから代謝が毎年一様に落ち続ける、という見方に問いを投げかける研究です。関連論文

もちろん、その間にホルモン、インスリン感受性、筋肉量、健康状態が変わらないという意味ではありません。誰もが同じカロリーを消費する、という話でもありません。

ただ、睡眠不足、運動量の減少、筋力トレーニングの不足、飲酒、ストレス、不規則な食事。こうした変化を、すべて年齢だけで説明していないでしょうか。

代謝のレジリエンスを考えるなら、身体にかかる負荷と、それを支える日々の習慣を見ること。誕生日の数字と同じくらい、誕生日と誕生日の間をどう過ごすかが大切です。

適応する力:応答、適応、回復すること

格闘技では、勝っている時と負けている時で見える景色が変わります。底にいる時ほど、そこから戻る力が問われる。

フレイルは、負荷に対して弱くなった状態を捉える概念です。一方、レジリエンスは、負荷に応答し、適応し、回復する力。同じ人の中に、弱さと回復する力が共存することもあります。関連レビュー

木を想像してください。状態を左右するのは幹の強さだけでしょうか。季節、日光、地面の下で支えるもの。その木が置かれた環境も関わっています。人間も同じで、身体だけを切り離して考えることはできません。周囲の人やコミュニティも、私たちを支えています。

若い頃には当たり前に感じた回復も、年齢とともに意識して守るものになる。

負荷を受けた後、また機能できる状態へ戻ってこられるか?

応答する。適応する。回復する。その繰り返しが、タテキにとってのレジリエンスです。

睡眠は、身体全体のリズムを合わせる時間

ウェアラブルを見ると、睡眠時間は8時間。目標達成。

では、何時に寝ましたか? 前の日と、同じような時間だったでしょうか。

英国の成人72,269人を対象としたUK Biobankの研究では、睡眠が不規則な人ほど、重大な心血管イベントのリスクが高いという関連が見られました。特に不規則な群では、推奨される睡眠時間を満たしていても、その関連を十分に相殺できませんでした。観察研究なので、因果関係を証明したものではありません。関連論文

それでも、時間の長さだけでなく、規則性にも目を向ける理由になります。

ボストンからフランスへは、1日で移動できます。でも体内時計まで、同時に到着するわけではありません。今回、タテキ自身がそれを実感しました。

食事、活動、回復をつなぐリズム。その中に睡眠があります。講演で「システムの同期」と表現したのは、身体の働きが互いに足並みをそろえることが大切だからです。

免疫のレジリエンス:強さと調整力

「免疫力を上げよう」。バイオハッキングでも、よく聞く言葉です。

刺激を足し続ける前に、その反応が適切に調整されているかを考えてみたい。

免疫と加齢には、三つの「I」という整理があります。

  • Immunosenescence(免疫老化): 加齢に伴う免疫機能の変化。

  • Inflammaging(炎症老化): 加齢と関連する、低いレベルで持続する炎症。

  • Immune resilience(免疫レジリエンス): 炎症を制御しながら、有効な免疫機能を維持、回復する力。

関連レビュー

必要な時には反応し、その後は回復できること。タテキが身体に求めたいのは、その両方です。健康を考える時には、持っている力の大きさとともに、その力をいつ、どう使うかにも目を向ける必要があります。

私たちは食べ物だけでなく、「意味」も消化している

フランスに来たなら、伝統的なバゲットやクロワッサンを味わいたい。日本に来てくれた人にも、日本の食と文化を楽しんでほしい。タテキはそう思っています。

ところがバイオハッキングに熱心になるほど、皿の上に「食べてはいけない理由」を探すのが上手になってしまうこともあります。

講演で紹介した研究では、グルテンを避けることで症状が改善すると感じている過敏性腸症候群(IBS)の成人に、小麦、精製グルテン、グルテンを含まない対照を、二重盲検のクロスオーバー試験で摂取してもらいました。完了した28人では、症状が意味のある程度に悪化した人の割合に、小麦やグルテンと対照との間で有意な差は見られませんでした。関連論文

著者らは、期待や思い込みが重要な役割を果たした可能性を示しています。良くなるという期待がプラセボ反応につながる一方、悪くなるという期待はノセボ反応につながることがある。

小規模で、試験の指示を守ることにも限界があった研究です。症状が気のせいだという意味でも、診断に基づく食事制限をやめてよいという意味でもありません。

ただ、食卓にどんな期待や不安を持ち込んでいるかは、振り返る価値があります。すべての食べ物が脅威に見えた時、食事はどんな時間になるでしょうか。

私たちは食べ物だけでなく、そこに与えた意味も消化している。

格闘技が教えてくれた、ストレスと一貫性

脚がきつくても、ポーカーフェイスはできます。心拍数が上がっていても、落ち着いて見せることはできる。でも、呼吸や回復までごまかせるわけではありません。

金網の中では、今この瞬間への対応が求められます。練習で準備してきても、状況は変わり続ける。身体、注意力、感情の調整が、プレッシャーの中で連携しなければいけない。

長年、身体にその負荷をかけてきたからこそ、タテキはバイオハッキングに向かいました。身体に無理を求めてきた分、回復を理解し、ケアする方法を知りたかったのです。

累積したストレスとエピジェネティックな加齢の加速との関連や、その関係に感情調整が関わる可能性を示した研究もあります。ただし、感情をコントロールすれば若返ると証明されたわけではありません。関連論文

タテキにとっての問いは、もっと実感に近いものです。プレッシャーの後に戻ってこられるか。次の出来事に向き合えるだけ、回復できるか。

長寿について語るなら、その力も含めて考えたいです。

目的は、身体を支える生活の設計図になる

試合が決まると、生活が変わります。練習、回復、毎日の行動が、一つの目標に向かってまとまっていく。何のために取り組むのかが、はっきりするからです。

講演で「Purpose is biological architecture」と話したのは、このことです。目的が行動を整え、行動がリズムを支え、そのリズムが身体の準備と回復を支える。

高齢者を対象にした研究では、人生の目的意識が高いことと、複数のエピジェネティック指標で年齢の加速が小さいこととの関連が報告されています。健康行動は、その関連の一部を説明していました。目的を持つことが加齢の治療になる、と結論づけるものではありませんが、考えさせられる結果です。関連論文

どうすれば健康になれるか。そこにもう一つ、問いを加えたい。

その健康で、何を可能にしたいのか?

「志」: 変わり続ける人生の中で、立ち戻るもの

今回、海外の皆さんに紹介した日本語は、「志(Kokorozashi)」でした。

タテキはこれを「揺るがない心」として説明しました。環境や感情が変わっても、自分が向かう方向を支える、深い意志です。

やる気は上下します。気分も変わる。格闘家、父親、コミュニティをつくる人。人生の役割も変わっていきます。その中で、何度でも立ち戻れるものがあるか。

講演では、「志」という字を心と侍のイメージに重ねて、その覚悟を伝えました。

長寿の世界では「生きがい」もよく話題になります。でも、人生の目的を、今すぐ一つの完成された答えにしなければいけないのでしょうか?

生きてきた道を後から振り返って、ようやく意味が見えてくることもあるはずです。

自分自身、何のために力を使うのかを問い続けています。志は、人生が変わることを受け入れながら、その方向を見失わないためのものだと思っています。

自己最適化から、自己実現へ

バイオハッキングでは、「どうすれば自分を最適化できるか」を問い、測定し、試し、自分の身体から学んできました。

次に考えたいのは、「この健康は、何のためにあるのか?」です。

父親として、講演ではこんな問いも投げかけました。もし120歳まで生きて、自分の子どもが先に亡くなったら。その出来事を受け止める準備が、自分にはあるだろうか?

正直、わかりません。

長く生きるほど、可能性とともに、変化、責任、喪失にも出会うでしょう。そうした経験を受け止める力も、私たちには必要です。

タテキにとって、自己実現への一歩は、自分のために積み上げたものを、誰かのために使うことから始まります。家族、コミュニティ、そしてサミットで出会う、それぞれの物語を持つ人たち。

最後は皆さんに、ひと呼吸して、自分自身の一貫性を感じてほしいと伝えました。

延びた人生を受け止められる自分を育てよう。そして、その人生を何のために生きるのか、問い続けよう。

Showノート: 参考文献

健康的な加齢を、どう測るか

Piriu AA, Bufali MV, Cappellaro G, Compagni A, Torbica A. “Conceptualisation and measurement of healthy ageing: Insights from a systematic literature review.” Social Science & Medicine. 2025;374:117933.

レビューを読む →

生涯を通じたエネルギー消費量

Pontzer H, Yamada Y, Sagayama H, et al. “Daily energy expenditure through the human life course.” Science. 2021;373(6556):808–812.

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フレイル、レジリエンス、適応する力

Cosarderelioglu C, Walston JD, Abadir PM. “From frailty to resilience: exploring adaptive capacity and reserve in older adults.” ナラティブレビュー。 Frontiers in Aging. 2025;6:1520842.

レビューを読む →

睡眠の規則性と心血管の健康

Chaput JP, et al. “Sleep regularity and major adverse cardiovascular events: a device-based prospective study in 72 269 UK adults.” Journal of Epidemiology and Community Health. 2025;79(4):257–264. オンライン公開は2024年。

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免疫老化と免疫レジリエンス

Wrona MV, Ghosh R, Coll K, Chun C, Yousefzadeh MJ. “The 3 I’s of immunity and aging: immunosenescence, inflammaging, and immune resilience.” Frontiers in Aging. 2024;5:1490302.

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小麦、グルテンと食への期待

Seiler CL, Rueda GH, Miranda PM, et al. “Effect of gluten and wheat on symptoms and behaviours in adults with irritable bowel syndrome.” 無作為化・二重盲検・偽対照クロスオーバー試験。 The Lancet Gastroenterology & Hepatology. 2025;10(9):794–805. 論文名は短縮表記。

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ストレスとエピジェネティックな加齢

Harvanek ZM, Fogelman N, Xu K, Sinha R. “Psychological and biological resilience modulates the effects of stress on epigenetic aging.” Translational Psychiatry. 2021;11:601.

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人生の目的とエピジェネティックな加齢

Kim ES, Nakamura JS, Strecher VJ, Cole SW. “Reduced Epigenetic Age in Older Adults With High Sense of Purpose in Life.” The Journals of Gerontology: Series A. 2023;78(7):1092–1099.

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